エッセイ

いったこともないのに城崎仁の実家の中華屋を勧めてくる美容師

毛量が猛威を振るう。

ワックスをもってしてもいうことをきかない。

「そろそろ散髪の時期かい?」

「もちろんさ。」

 

私は1,000円を握りしめ、カット屋へ向かう。

1,000円カットではめずらしい個人店である。

店主が一人だけでやっており、接客もカットも丁寧で最高。

そのサロンの本棚には「稼ぐ!!」とか「なり上がり!」「自己啓発」といった内容の本が並んでいる。

ヘアカタログやファッション誌というのを置くのが常識だが、完全に店主の趣味で構成されたこの本棚に

私は店主の生きざまや頑固さを感じ取る。

こんなに物腰の柔らかい人間なのに中にはアツアツの闘志をみなぎらせているのだ。

今日も外はカリカリなかはアツアツ店長にPayPay払いで伐採してもらうぜ!!と意気込んでいたのですが、

店の前にきて唖然。

最初は「今日、定休日だっけ?」と思ったのは大いなる勘違い。

張り紙には

「移転の為、1月末から営業いたします。」と。。。

一体どこに移転になるんだ?

 

そんなこといってなかったじゃないか!

例えるならば

出会っていままで喧嘩などしたことがなく、同棲していた彼女。

あーこのまま結婚するのかもな。と思わせておいての突然の置手紙

「別れたい。シンガポールにいくことになりました。」

私は夜通し大泣きし彼女がなぜ私と別れたかったのかを考える。

でもどれだけ考えても理由はわからない。そんな気分だ。

 

我慢していたのか?店主も我慢していたのだろうか?

私の髪をもう切りたくないのかい?

 

しかし張り紙に記載の新住所に安堵する。

旧店舗から2分の場所であった。

「よかった~。」

 

いやしかし、問題なのは新店舗でのオープンが1月末だということだ。

私の髪はもう限界を迎えている。というか限界を超えている。

テレワークという働き方に甘え、外見を全く気にしていないせいだ。

これだけ人に会わないと、自分の今の見た目が一般的な清潔感に達しているのかもわからなくなってしまう。

人間ははやり集団生活に適した生き物なのか?

鏡はお飾りなのかい?

 

わからない…

 

 

とにかく今すぐ切らねばならない。

いますぐ予約できる場所ないのか

 

「大山 美容院 激安」

検索。

 

久しぶりにホットペッパービューティーをのぞいてみる。

相場が結構高い。

以前は結構2,000円でカットできるところがあったはずだ。

物価があがっているからなのか?

中国産のハサミの値段があがっているのか?

あのギザギザのハサミのどこかに半導体がつかわれているのだろうか?

わからない…

 

金額は妥協しよう。

大事なのは居心地。

こっそりやっているところがいい。(ネットに乗せてる時点でこっそりやってないのだが)

 

まずはスタイリストをチェックだ。

チャラチャラした頭のやつがいる店はだめだ。

変な汗がでてしまう。

チャラチャラしたやつ以外を指名したとしても、

初めていく美容院で予約なんかしようものなら、

「お客さん、なんで指名してくださったんですか?」

とか言われて

「いやーなんか他の人はチャラチャラしてたので、お兄さん地味じゃないですか?いい意味で!

そのほうが落ち着くんですよね!」

とかよくわからないことを言ってしまうだろう。

 

そんなことを言っても許してくれる心の広い人ならいいが、

昔、悪いことをしすぎて逆に今は地味な頭にしている美容師だったらやばい。

「こいつなめてんな」と思われ、借り上げ部分を誇張されたり、前髪をめちゃくちゃ短くされたりするかもしれない。

難しい。

 

だからやっぱり店主が一人のところがいい。

選択肢は

地味なお兄さん、おじさん、おばさん

この三択だ。

そして見つけた。

ホットペッパービューティーの最下層ページにピッタリの店を!!

こんなの載せてる意味がない!

だから客も絶対少ない!

そして店主はおっさんだ!

最高!!

ここに決めた。

 

美容院を決めるのはこんなに大変なのかとつくづく思う。

と同時にいつもお世話になっているワンサウザンドお兄さん(1,000円カットお兄さん)に感謝する。

より好きになる。

 

個人店のおっさんの店は商店街から少し歩いた小さなビルの2階にあった。

 

下には看板が出ている。

平成元年を感じさせる年季の入った看板。

色褪せている。

酸性雨。風化。黄ばんでいる。

 

田舎の美容室に必ずといっていいほど使われているどこのだれだかわからない外国人の女モデル。

確実に今時の髪型にはなれないだろうと覚悟し、入店。

 

チリンチリン。

「いらっしゃいませ!そこでお掛けになってお待ちください。」

変なターバンを巻いた陽気なおっさんがお出迎えしてくれた。

驚いたことに、客が1人施術中だ。

まだ朝の10時前だ。

 

待っているあいだ。暇をつぶすものがない。

いつもかよっている1,000円カットには置いてある

「独立に失敗しない為の10の方法」「年収5千万円になった理由」「金持ちが朝している習慣」的な本が全くない。

それらの代わりになる適当な雑誌もない。

私はしかたなくツイッターをひたすら上から下にスワイプする。

目視はしているのが頭で読んでいない。

文字を絵として認識している。

なにもせずボーっとしているのは頭のいかれたやつだと思われるので電車に乗るときにも

私はこの愚行をしょうがなくしている。

 

10時を少し過ぎたころ、先客の散髪が終わり、席に案内される。

「言葉」と「モデルの写真」で髪型の要望を伝え、施術が始まった。

 

バンダナにこの後1か月間の運命を託したわけだ。

髪を切っている最中の会話で判明したが

バンダナはずっとここ大山で生まれ、大山で育ってきたらしい。

生粋の大山市民。いや板橋クミン

板橋っ子。といったほうがいいだろうか。

 

ここからは摩訶不思議なバンダナとの会話だ。

 

「大山最近来られたんですか?」

「そうですね。1年くらいになります。」

「おーそうなんですね!じゃああそこいったことあります?定食屋の〇〇!」

「いや、ないですね。おいしいんですか?」

「いったことないんですけどね。あそこのハンバーグがめちゃくちゃでかくておいしいみたいなんですよ!」

「ほう。」

(いったことないんや)

 

「あとね、板橋区役所前に〇〇ってラーメン屋があるんですよ。」

「ほう。何ラーメンですか?」

「しょうゆ?とんこつ?だったかなー。つけ麺なんですけどね。」

「おーいいですね、つけ麺好きです。結構いかれるんですか?」

「いったことないんですけどね!今度行ってみようかなって!」

(いったことないんかい!)

 

「大山といえば、あの中華屋さん。城崎仁って元ホストの実家の中華屋さんなんですけどね。」

「あー!そこはいったことあります!」

「そうなんですね!あそこのチャーシューチャーハンめちゃくちゃチャーシューがでかくてね。」

「そーそーおいしいですよね!ちょっと味濃いですけどね!」

「そーそ!あそこね、最近通販で人気なんですよ!城崎仁がタレントで仕事がなくなったときとかに働いてたみたいですよ!

本人に会ったことありますか?」

「いや、ないですね。」

「あーそうなんですね。あの時、かなり働いてたみたいですよ!キッチンで!」

(あの時っていつだろうか。別に会いたくないけどな。)

「そんでその後、いろんな店で修業して通販始めたみたいです!」

「結構詳しいですね。」

「実は僕かなり彼のお店追ってるんです!」

「めちゃくちゃファンなんですね!」

「まだいったことはないんですけどね!」

 

なんだこいつは。わざとか。わざとなのか。

なにか試されているような気がした。

意味のない会話。うわさ話で聞いた味。実体験を伴わない感想。

これでこそ接客業の会話術。

 

神のご加護のあらんことを。。。

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